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IMALUがしくじり先生に!親の七光りを受けた二世タレントの苦悩とは?

   

IMALUさんが2016年8月8日放送のしくじり先生に出演し、
「親の七光りを1年で使い切っちゃった先生」として
しくじり先生の教壇に立ちました。
IMALUさんがおかしたしくじりとは一体どういうものだったのでしょうか。

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IMALU

タレントのIMALUさんは
1989年9月19日生まれ。

言わずと知れた明石家さんまさんと
大竹しのぶさんの長女として誕生しました。

お父さんであるさんまさんの座右の銘、
「生きてるだけで丸儲け」から
「いまる」と名付けられました。

2009年芸能界デビュー

2009年、IMALUさんが19歳の時にデビューすると、
すぐに2009年今後活躍が期待される
2世有名人ランキング1位に選ばれ、
デビュー1年目で

  • ファッションモデル
  • 連続ドラマ女優
  • CM出演
  • バラエティ番組出演
  • 声優デビュー
  • 番組アシスタント
  • 歌手デビュー

などの仕事が次々に舞い込んできました。

デビューから7年後

華々しいデビューを飾ったIMALUさんですが、
2016年には
「実力がないのにテレビに出ていると思う
2世タレントランキング2位」に選ばれてしまいました。

芸能界最強のコネ

親の七光りで芸能界最強のコネを使い、
鮮烈なデビューを飾ったIMALUさんですが、
当時は結果を残すことができなかったと振り返ります。

実力もないのにコネに頼りすぎると
周囲からウザがられることを実感したIMALUさんは

「実力もないのにコネを使って
周囲から愛想を尽かされないための授業」

と題し、「親の七光りを1年で使い切っちゃった先生」として
しくじり先生の教壇に立ちました。

芸能界最強の七光りを背負ったIMALUさんの
しくじりとは一体どんなものだったのでしょうか。

IMALUの学生時代

2歳で両親が離婚

IMALUさんが2歳のとき、
さんまさんと大竹しのぶさんは
離婚をしてしまいました。

離婚をしたときの話をさんまさんの番組で
よく聞いていたと言います。
嫌な話も聞かざるをえなかったIMALUさんですが、
中でも最も嫌だったのは
さんまさんがIMALUさんがブラジャーを着け始めたことを
テレビで言ってしまったことだそうです。

さすがに怒ったIMALUさんはさんまさんの留守電に
止めてほしい旨を伝えましたが、
さんまさんから来た返事は
「すまんなぁー」の一言だったといいます。

小学校入学式

公立の小学校に通っていたIMALUさんは
入学式の当日すでに学校中で
「あの子がさんまの娘らしいよ」と噂されてたといいます。

IMALUさんは小さい頃から
みんなが自分のことを知っていて、
初めて会った人なのに
「IMALUちゃん、こんなに大きくなったんだ~」
などと言われる、まるで周りの全員が親戚のような状況で育ってきました。

友達に勝手にあだ名をつける

中学生くらいになると
時々友達が家に遊びに来たりしていましたが、
さんまさんにされて嫌だったことが
友達に勝手にあだ名をつけられたことだったといいます。

家が貧乏な子には「ビンボー」、
ポッチャリした子には「ヤソキチ」などとあだ名をつけ、
IMALUさんは友達が傷ついているのではないかと
ヒヤヒヤしていたそうです。

さんまの教育方針

さんまさんは意外にもお金にすごく厳しく、
IMALUさんにはほとんど何も買ってあげなかったそうです。

高校生の時にどうしても欲しいブーツがあって
お願いしたIMALUさんでしたが、
それも買ってもらえませんでした。

音楽にハマる

大竹しのぶさんが舞台などで
1ヶ月近く家を空けることがあり、
一人でいる時間が長かったIMALUさんが
ハマったのが音楽でした。

小学校高学年になると洋楽にハマり、
MTVをよく見るようになったといいます。

中学生になるとバンド活動をはじめ、
パンクにのめりこみ、
リトルビーンズというバンド名の
3人組ガールズバンドで
ギターボーカルを担当していました。

高校でカナダ留学

音楽にハマったIMALUさんは
英語の歌詞を理解したいと考え、
高校でカナダ留学をしました。

カナダでは周りが誰も自分のことを知らないという
素晴らしい生活が待っていたと感じたそうです。

人生で初めて明石家さんまの娘じゃない
日々を送ることができました。

この開放感からジャスティンという
カナダ人の彼氏もできたといいます。

芸能界デビューへ

留学を終え、帰国したIMALUさんは
その後の進路について考える時期を持ちました。

大竹しのぶさんに進路について聞かれたIMALUさんは
大好きな音楽の知識を活かせる仕事として、
MTVでランキングを紹介する人になりたいと答えたそうです。

その時しのぶが動いた

IMALUさんの意向を聞いた大竹しのぶさんが多方面に働きかけ、
IMALUさんの人生は大きく動き、

  • ボイストレーニング
  • アコースティックギターの練習
  • 出版社の方やキャスティング会社の方との顔合わせ
  • 宣材写真の撮影

などの日々に追われるようになります。

秋から動き始め、
次の年の春に芸能界デビューすることになりました。

さんまさんに報告

さんまさんには自分の口から報告した方がいいのではないかと言われ、
メディアに出る前日に直接さんまさんに
自分が芸能界にデビューすることを伝えたIMALUさん。

それまで一度も怒ったことがなく、
アドバイスや説教もなかったさんまさんが一言、

「一生懸命頑張ってきてる人の中に
お前は親の名前で入るわけやから
人の倍は努力せなあかんで」

と言ったそうです。

これを最後に、仕事に関することは
一切言われたことがないといいます。

さんまさんはIMALUさんが出ているテレビを見ると
アドバイスをしたくなってしまうため、
ほとんど見ることはないそうです。

初めての仕事はモデル

IMALUさんが親の七光りを使い、
最初に受けた仕事が

雑誌Zipperで音楽ライブレポートの連載

でした。

Zipperは主に原宿系ファッションを紹介する
10~20代の若い女性向けの季刊誌です。
そのZipperで音楽ライブに行って記事にする連載ページを持ちました。

雑誌担当者からはついでにファッションのページにも
載りませんか?という誘いを受け、
IMALUさんはこれを快諾。

当時のスポーツ紙には
「IMALUモデルデビュー」と載っていました。

発売された雑誌では
モデルとして8ページも掲載されましたが、
音楽のページは2分の1ページしかありませんでした。

モデルデビューするくらいですから、
一般の人は「ずいぶんスタイルの良い子なんだろうなあ」
という気持ちでいましたが、
実際のIMALUさんを見て
「ちんちくりんやないか!」といったような意見が噴出しました。

あからさまにモデル体型でもないIMALUさんは
イメージと現実のギャップがありすぎて、世間から

  • 芸能人に紛れた一般人やないか
  • なぜモデルをやろうと思ったのか
  • こいつの身長じゃ服の参考にならない
  • 超普通体型

と大バッシングを受けました。
このバッシングにIMALUさんは
自分が嫌われているのではないかと
大きくショックを受けたといいます。

連続ドラマ出演

次にIMALUさんは連続ドラマ出演の仕事をもらいました。
フジテレビで2009年10月から12月に放送された
火曜10時からの「リアル・クローズ」というドラマに
主人公の妹役として出演しました。

ここでもまた

  • 大女優のDNAを一切感じない
  • ぶっきらぼうなセリフ回し
  • セリフ棒読み
  • イマルのシーンだけ違和感がすごい
  • 大根すぎ

などと酷評の嵐を受けてしまいます。

世間から見たら「この子何がしたいの?」と
見られているんじゃないかと、
不安になっていきました。

ポッキーのCM

デビューしてわずか4ヶ月で
ポッキーのCMが舞い込みました。

ポッキーのCMは

  • 松田聖子
  • 山口百恵
  • 新垣結衣
  • 松雪泰子
  • 常盤貴子
  • 仲間由紀恵

などのそうそうたる女性有名人が務めてきた
歴史のある有名なCMです。

CM出演に対する世間の反応は

  • こいつのゴリ押しな売り方は異常
  • 罰ゲーム?
  • 一刻も早くガッキーに戻してください
  • 親の七光りってすごいんだな

などといったものでした。

実力や実績に見合わない仕事をすると、
周囲から厳しい目でみられてしまうと感じたIMALUさんは
心がポッキーと折れてしまったそうです。

おしゃれイズムのメインゲスト

デビューして6ヶ月でおしゃれイズムの
メインゲストに呼ばれたIMALUさん。

トーク番組であるため、
世間に自分のことや音楽が好きとか、
アピールできるチャンスと思って収録に挑みましたが、
実際には30分間ずっと親の話をさせられてしまいました。

番組以外でもいろいろなイベントでも
「家で普段お父さんはどんな感じですか?」
などと聞かれますが、うまく受け答えができず、
「誰も私に興味ないよね」と何度も思った事があったそうです。

アニメの声優とTBS「A-Studio」アシスタントMC

「アーサーと魔王マルタザールの逆襲」というアニメ映画の声優と
笑福亭鶴瓶さんがMCのトーク番組「A-Studio」の
アシスタントMCを務めたIMALUさんでしたが、
ここでも大きな評価を得ることができませんでした。

歌手デビュー

その後、IMALUさんはついに大好きな音楽の仕事として、
「Mashed potato」で歌手デビューを果たしました。

自ら作詞を行い、

  • テレビ番組17番組
  • 音楽雑誌でのインタビュー取材
  • ラジオ番組に出演し告知

など、精力的なプロモーション活動をこなしましたが、
結果はCD売り上げ枚数1592枚というさんざんな結果でした。

しかし、わずか2ヶ月後にセカンドシングルのリリースが決定すると
続けてミュージックステーションの出演が決まりました。

一度も人前で歌ったことがなかったIMALUさんにとって、
ミュージックステーションが初めての人前で歌うステージとなり、
緊張MAXのIMALUさんの後ろでドラムを叩いていたのは
中学時代に結成されたリトルビーンズのドラマーだったそうです。

テレビ出演も虚しく、
セカンドシングルの売り上げ枚数は前回よりも下がり、
423枚にとどまりました。

その後何枚かCDをリリースしますが、
売り上げは下降の一途を辿り、
契約打ち切りとなってしまいました。

当初は1枚目のアルバムを出すまでという契約でしたが、
あまりにもCDが売れないため
結局アルバムも出すことなく契約打ち切りとなりました。

わずか1年

これまでの活動はすべて
わずか1年の出来事でした。

IMALUさんはたった1年で
親の七光りをすべて使い果たしてしまったといいます。

もう七光り発動

デビューから1年で親の七光りを使い果たしたIMALUさんですが、
両親が芸能人であるため、
大竹しのぶさんの分の七光りを発動したといいます。

母・大竹しのぶのバーター

一人のタレントとしては
求心力を失ってしまったIMALUさんでしたが、
お母さんの大竹しのぶさんとなら、ということで、
バーターとしての仕事が舞い込むようになり、
ヤマサ醤油のCMにも出演しました。

母の力を借りた仕事に対しても

  • ピンで売れないから親と仕事か
  • いいよな2世は
  • そうやって親出せば話題になるんだからマジせこいわ
  • 家でやれ

などとバッシングを受けました。

どんな仕事をしても世間から批判され、
自分の存在に苦しむ毎日だったIMALUさんに
人生のターニングポイントとなる出来事が起こりました。

1回も怒られたことがない

共演者や芸能界の人と話をする中で、
自分が1回も怒られたことがないことに気が付きました。

さんまさんと大竹しのぶさんの娘であるため、
周りから怒られることはなく、
また、芸人さんと会うと最初の一言が
「いつもお世話になっています」であるそうです。

コネで出てるくせにすべてが中途半端だった

親のおかげでテレビ番組に出させてもらい、
中途半端な気持ちでバラエティに出ても
周りの人もどうIMALUさんをいじれば良いのか
分からなかっただろうとIMALUさんは振り返ります。

モデルや女優、歌手などいろいろな事をやる中で
すべてが中途半端になってしまったと感じています。

親のコネを使うというのは
自分でも後ろめたさや恥ずかしさもあり、
デビュー前にさんまさんが言ってくれた
「人の倍努力しろ」ということは
当時のIMALUさんには出来ていなかったといいます。

母親の事務所から独立

結果が出せなかったのは自分の実力不足だったということに
気づいたIMALUさんは
「母親の事務所から独立しよう」と決意しました。

コネではなく自分自身の力で頑張ろうと
考えたIMALUさんは新事務所を立ち上げました。

リトルトウキョウプロダクション

当時23歳のIMALUさんが知人と一緒に立ち上げた事務所は
「リトルトウキョウプロダクション」という個人事務所です。

  • 宮沢セイラ
  • ZiNEZ
  • ステファニー

などの所属タレントがいます。

事務所のために稼がないと!

事務所を立ち上げたIMALUさんは
今までなかった
「事務所のために稼がないと!」
という意識が芽生えたといいます。

バラエティ番組に呼ばれた時にも
「爪痕を残さないと次に呼んでもらえない!」
と責任感を持ち、積極的な姿勢を取れるようになりました。

音楽番組のメインMC

事務所を立ち上げたことで変わったIMALUさんに
デビュー6年目にして念願だった
音楽番組のメインMCの仕事が舞い込みました。

テレビ朝日系列で放送している音楽番組、
「BREAK OUT」でミュージシャンにインタビューをしています。

歌手としてもYoutubeで自分のチャンネルを作り、
洋楽のカバー曲をあげたりしているそうで、
再生回数200万以上を記録しています。

七光り 消える前に 努力しろ

親から離れて初めて親の偉大さが分かることがあります。
どんな人でも少なからず親のコネはありますが、
それはチャンスの数でもあります。

それをすべて失う前に
努力することが大切であると、
IMALUさんは語りました。

コネを大切に活かすか、無駄にしてしまうかが
人生を大きく左右するといいます。

親の七光りを使って気づいたこと

コネを使うといいこともたくさんありますが、
悪いこともたくさんあります。

IMALUさんは
「コネだけで生きていけるほど世の中甘くない」
と言います。

これから先も一生ついて回る親の名前を
個性の一つとして捉え、
「人一倍努力しろ」という言葉と
「生きているだけで丸儲け」という
さんまさんの言葉を胸に、
IMALUさんはこれからも仕事に励んでいきます。

 - しくじり先生