お笑い観測所

お笑いや芸能ニュースについて書いています。

ノンストップが菊池桃子に独占インタビュー、長女の障がいを告白

      2016/01/15

16日、女優やタレントして活躍している菊池桃子が
ノンストップの取材に応じ、自身の娘について語りました。

1980年代にアイドルとして活躍

菊池は「卒業~GRADUATION〜」がオリコン1位を獲得し、
1980年代を代表するアイドル歌手になりました。

その後、1995年に結婚し、
1996年に長男、
2001年に長女を出産しました。

スポンサーリンク

初の著書「午後には陽のあたる場所」を発売

明日12月17日、初の著書「午後には陽のあたる場所」を発売します。
著書の中では障がいを持つ長女についても言及しているそうです。

長女はミルクを飲んでいる時期に脳梗塞を起こし、
左の手と足に後遺症のまひが残りました。

また、菊池は長女を出産する一年半前、
障がいを持つ可能性がある子を死産したそうです。
そういったこともあり、
長女の障がいと向き合って生きて行こうと考えるようになりました。

障がい児教育の現実と対峙

長女は歩き出しは遅かったものの、
幼稚園に入った頃には
バランスが悪いながらも少しずつ歩けるようになり
順調に成長していきました。

しかし、小学校に入学してからは
厳しい現実が広がっていました。

長女はすべての授業において、
「なんで自分はできないんだろう」と、
他の子供たちとの差を感じるようになりました。

時には過呼吸や円形脱毛症を起こしたり。
先生から「迎えに来てください」と呼ばれることもしばしばでした。

自分がどんどん嫌いになって
まひしている手を血が出るまで壁に打ち付けたこともありました。

長女を転校させる

菊池は長女を転校させようと決意し、
長女に合った学校を探しましたが、
大きな壁にぶち当たりました。

就学相談に乗ってくれる学校が
住んでいた自治体に少なかったのです。
菊池は障がい者教育の現実を知りました。

理想に合った教育環境を探し、
家からはすごく遠い場所でしたが、
支援学校を見つけてそこに通い始めました。

大学院へ進学

「日本の障がい児教育がおかしい」と
考えるようになった菊池は40歳で大学院に進学しました。
3年かけて大学院の修正過程を修了し、
43歳で大学の客員教授になりました。

また、今年10月には
1億総活躍国民会議の民間議員に選出され
大きな話題を呼びました。

西川史子のコメント

VTRを見た西川は
「自分の子供が障がいを持つことを公表することはあまり良く思わない。
利用しているんじゃないかと思ってしまう。」
とコメントしました。

大学教授になって嬉しかったこと

「大学教授になって嬉しかったことは?」という問いに菊池は
「大学名義の名刺ができたことで
教育機関の調査として様々な場所で取材できるようになった」
と答えました。

 - ノンストップ